郷土史勉強中

前号より続き
★織田信長 出生から成人★
家系  織田弾正忠良信(曾祖父)『中島郡=一宮市大赤見地区が領地』
       ↓
   織田弾正忠信貞(祖父)『中島郡と海西郡の境勝幡に築城』
       ↓
    織田弾正忠信秀 (父)『津島神社と津島湊周辺を領地に1526~33年に家督す』
       ↓      
    織田上総介信長 (三男)*(1534年誕生幼名を吉法師 )池田恒利の妻が
乳母(池田恒興の母

★成長過程★
*信長8歳の手習い所~天王坊(東別院)安養寺華王院 今川那古野氏の所領
        滝の坊(円融山中正院滝之寺住職)手習いをしたと記されている。
        『父信秀が清州織田氏と小田井織田氏と争い(名古屋合戦)那古野城を奪う』
      *織田吉法師(信長)12歳~那古野城主(父信秀が林新五郎秀貞、
     平手中秀政秀、青山与三右ヱ門、内藤勝介の4家老を付け天王坊へ隠居
        『父信秀は古渡新城(東別院)を築いて移る』尚、洞仙寺に別荘を設け余生を送る
      *織田信長13歳元服~織田三郎信長と名乗る。
        『信長の謎の女―13歳~猫目と称する女に女子を産ませた、熱田大宮司の母を
乳母に、熱田の宮大工岡部又右ヱ門以言の養女とし後に信長の死後遺品を集め
北山の将軍塚(熱田球場)を築く』
★古渡城と古渡新城★
*現存する洞仙寺(私の檀家寺)「父」信秀の別荘が設けられて通称古渡城と称し、後に信秀の
居城としてその北側に古渡新城も築城されたが後に壊された、
*洞仙寺は尾張守護の斯波義健の嫡男「千代松丸」が出家し玉泉玄珠と号し玉泉寺を創建『名古屋市史寺社編』に記されている
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# by kanikou81 | 2013-09-08 15:39

郷土史学習中

郷土が生んだ三英傑のひとり『信長』を学習
『信長』誕生の謎?
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★天文三年(1534年)父信秀の嫡子として誕生

★父信秀は天文元年(1532年)より勢力を延しつつあった、今川氏豊の館(那古野城)に通っている内に兵を忍ばせ攻撃し氏豊を追出してしまった。

★そこで『信長』誕生⇒∴『信長』は那古野城(現中区那古野神社の北中区二の丸)が誕生の地となる。


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◎『信長』祖父「信定」が清州三奉行の役職に有った。その時尾張の国、海西の郡を手中に納めた際[大中臣安長]の屋敷跡に勝幡城を築城し、その後父「信秀」が天文元年(1532年)今川氏豊から(那古野城)を奪い、家臣の武藤掃部を城代とし、那古野城に居城させ、「信秀」は勝幡城に居た。
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◎天文2年(1533年)公卿の山科言継が招かれた折日記[言継郷記]に当時の父「信秀」の経済力は絶大であったと、記されその頃の『尾州古城志』に天文3年(1534年)信秀の嫡子「吉法師殿」誕生⇒『信長』と記されている。


▲次号へ続く
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# by kanikou81 | 2013-06-06 12:22